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どうしてこうなった? 目覚めた時には『四肢麻痺障害者』

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交通事故 四肢麻痺

ライターの蛙屋(かわずや)です。四肢麻痺の見事な一級障害者をやっています。今回は私がこんな身体になった顛末と、障害を受け入れるまでのお話です。

目覚めたら障害者になっていた!

病院のICUで意識を取り戻したのは、交通事故を起こした三日後でした。

もっとも目覚めたときはそこが病院ともわからず、身体が動かないという意識もありませんでした。

母と医者から「交通事故で首の骨を折った。一生歩けない。寝たきりになるだろう」と教えられても全然ピンとこない。「朝起きたら虫になっていた」くらい現実感がない。

直接呼吸器を首に突っ込まれていたので、ただもう喋れないことだけがつらかったですね。栄養も点滴で、無性に唐揚げが食いたかったことをよく覚えています。

交通事故については今も思い出せません。記憶が真っ白というよりも、上から黒く塗りつぶされているような感じです。

田舎町の深夜ということで目撃していた人もなく、折れた電柱二本とグシャリと潰れた愛車(半分もローン払ってなかったのに!)があるだけ。幸いにも同乗者がいなかったので、それは良かったです。

とにかく電柱二本やっつけた代償として、私は四肢麻痺の障害者になってしまったのでした。

現実逃避の繰り返し

折れたのは頸椎の上から4番目と5番目。

医者は手も動かないと言っていたのですが、後日腕はどうにか動くことがわかりました。ただ指は動かない。足はまったく動かせません。


ICUから一般病棟に移った頃、私はまだ車椅子に座ることもできませんでした。

一か月以上横になっていたため、上体を起こすだけで目を回すという有様。

起こすたびにそうなので、病棟でも車椅子に乗せないよう指示。

その現実は受け入れがたいものでしたね。

喋れるようにはなっていたのですが、「どうせ俺は死んだも同然だ」とろくに口もきかない毎日。

できるだけ眠っていよう。眠っていれば現実から逃げられる。どんな悪夢だって、一生ベッドの上で過ごす現実に比べたらマシです。そんな日々を3ヶ月も送っていたと思います。

その頃には、

「さすがにこのままってわけにはいかないぞ。せめて車椅子に座っていられるようにならないと」

と思い始めていました。四肢麻痺は身体が動かないだけで、肉体は丈夫。当分死ねそうにありませんから(笑)。

移動できた喜び

とりあえず30分でも車椅子に乗せてくれと看護師に頼みました。

最初は汗がダラダラ。気持ちも悪い。座るだけで大変でした。それでも無理を言って座っている時間を徐々に伸ばし、少し楽にもなって、そうなれば腕は動くのですから、ちょっと漕いでみようかなってなります。

こうして私はベッドの上の人生を卒業したのです。

最初の冒険は病棟の自販機まで(普通に歩いて30秒)。それでも嬉しかったなぁ。

(執筆 蛙屋(かわずや))

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蛙屋(かわずや) by
蛙屋(かわずや)です。本名でもなく、別にカエルも売っていません<(_ _)>。
交通事故で頸椎損傷。以来、四肢麻痺の車椅子乗りをやっています。
体験談や感じたことを書きつらねていきますので、時間つぶしにでもどうぞ♪
あ~~毎日、好きな熱帯魚眺めながら美味い酒飲んで暮らしたい……