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人工透析者が書く、母の日のメッセージ

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母の日 人工透析

母の日にちなんで。

今回は障害者と、その家族について書いてみたいと思います。

さっそくですが、家族に障害者がいるみなさん。当人とどんな風に付き合っていますか? 当人は体も心も不安定だろうと思います。でもきっとご家族の方も同じくらい、もしくは当人以上に不安を抱えているかもしれませんよね。何をしてあげられるか必死に考え、時には無力感や絶望感を味わうことも。

病気は突然訪れます。元気に見えていても、ひそかに大きな病気が隠れていることがあります。

わたしは自覚症状が出にくく見つかりずらい腎臓病であり、たまたま学校の尿検査で病気に気付き治療を始めたものの、あっという間に、5年以内で等級一級の障害者となりました。

ご家族のみなさんは障害者がどんなことを考えてともに日常を過ごしているか、気になりませんか?

あくまでわたしの体験上と価値観ですが、障害者であるわたしの立場からお伝えしたいことを書いていきます。日常生活での具体的なことは障害者ごとに違うのであえて控えます。

返答を待ってほしい

障害者と健常者の間で溝が深まる理由のひとつとして「わからない」ということと「できることの差がある」ことは大きいと思います。健常者にはわからないことが障害者からうまく伝わらない時に、それが甘えに見えてしまうのではないでしょうか。

わたしもやってしまうのですが、急に難しい提案をされたときについ「それはできない」という返答をまずしてしまいがちです。できないことがある。これは変えられない前提だからです。だからといってこれはダメ、あれもダメといわれてしまったら健常者の方は、やっぱり障害者と付き合うのは難しいと距離をとってしまうのは当然だと思います。

でも考える時間をもらえたら、どうしたらできるのかとなるべく沿った形を考え提案することもできますので、答える時間を待ってもらえるとうれしいです。いっしょに選択肢を探す作業をしてもらえると、とてもありがたいです。

一度断ってしまった内容でもやり方を変えれば参加できることもあります。障害者の方はできないことを伝えるのも大事ですが、できることもなるべくたくさん、具体的に伝えることができたら、健常者にもっと付き合いやすく感じてもらえる気がします。

それでも、できることを伝えるまでに時間がかかることがあります。気持ちの切り替えだったり、下調べをしたり準備をする時間です。障害者は健常者の人にはない準備が必要だったりします。ですから、健常者の方は返答をすこし余裕をもって待っていてもらえるとありがたいのです。

境遇との向き合い方

障害者を家族にもつ方は病気や障害について知れば知るほど、心配事が増えて過保護になりがちだったり、逆に見たくない現実に直面して放棄したくなることもあるかと思います。そんな思いを周りに話せる環境がある人は良いのですが、あまりにも境遇が違うために身近な人とは共有できないときもあります。

そんなときは日記を書いたり、ブログを書くなどは闘病との向き合い方のひとつかもしれません。「辛い」とか「頑張ろう」とか一言ずつでもいいんです。書くことによって吐き出されるものがあるかと思います。

日記を書く人はぜひ、日付をつけるといいと思います。なぜなら後々見たときに、良かったことが書いてある日に何があったか分析できることで、自分にとって良い過ごし方が見つけられたりするからです。こんなことをしている日は自分は元気になれるんだと、自分で改めて知ったりできます。

SNS上には同じような病気で戦っている人、そのご家族が少なからず居たりしますし、どんな生活をしているのか知れたり、ときには相談に乗ってくれる人もいるかもしれません。

同じ病気でもそれぞれの病状や生活環境により、当人もご家族もできることの差は全く違うので、SNSの情報を鵜呑みにするのはよくありませんが、孤独感は少しだけ拭えることもあります。

わたし自身、LoveHandiの編集長が人工透析患者であることから、色んなことを教えてもらったり励ましてもらったりしました。それを母に伝えると、母もとても喜んでくれました。

実際に会えなくても繋がりがあったり、同じような境遇の人がいるのを知ることは意外と予想以上に励みになったりするものです。

障害者とその家族がもつ二面性

家族が関心を持って知ろうとしてくれている姿、少なからずそれは当人が病気に立ち向かうパワーになります。ですが、関心や興味を持つというのは簡単なようで難しいことです。はじめに述べたように、病気をもつ人は不安定です。それはなぜか。

障害者には少なくともふたつの二面性があるからです。障害者であるその人と、その人自身のものです。

まずは障害者であるその人。


わたしの場合は中学生の時に難病指定の腎臓病になり、生体腎移植や人工透析の経験があります。入退院の数は数えるのをやめたほどあります。そのたびに家族に迷惑をかけてきたと思います。このように日常の中で予測できない、様々な障害があるから障害者なのですが、その中で病気にならなければ感じなかった苦悩と、病気になったからこそ敏感に感じた、些細で大きな喜びも確かにあります。

障害者と、その人を支える人がした経験。そこから得た感性や知識がきっとあり、それに関わる人は皆、発掘者、または発見者になるのではないか。そう信じてもらえたら嬉しいのです。

例えば、読んでいる本や漫画、映画の感想などを話し合ったときに、健常者では想像できなかった返事が返ってくることもあるかもしれません。ひとつの作品を通して、障害者は健常者だったらわからなかった苦悩や喜びをまざまざと受け取ることがあります。そしてご家族も、その立場だからこそ感じるものがあると思います。そこには発見があるかもしれません。その発掘作業を少しだけ楽しんでもらえたらとても嬉しいです。

もうひとつの、その人自身のこと。

わたしは夫婦でお店を経営しているのですが、わたしの母も自分でお店を営んでいます。お店を運営していく者同士の会話。仕事の話です。日々のお客さんとの出来事や、どうしたらお店が盛り上がるか共有します。ときにはお互いに情報を仕入れようと頼りあったりします。そこには障害者のわたしではなく、仕事をしているわたし個人の意見があります。仕事以外でも、趣味の話などもわたし自身のものです。

わたしの母は、障害者のわたしと、わたし個人と使い分けをしてくれるのです。そんな些細なこと、当たり前のことをしているだけなのですが、その時点でわたしにはふたつのアイデンティティが産まれています。

障害者の立場で話をしてほしいと望まれればその立場でも話しますし、その人自身の意見を求められればそれを答えます。

わたしは病気の自分に自信がなく、周りの人に心配かけたくない気持ちや、違いを感じさせたくない気持ちから、なるべく病気を隠したい気持ちが強くありました。

ですが、だんだん病状が悪化し病気を隠せなくなってくるにつれて、障害者であるわたしと、わたし自身、どちらが本当の自分なのかわからなくなってしまったのです。心の中は障害者にも健常者にもなりきれない。わたしは何者なのか、なんのために生きているのかわからなくなってしまったことがあります。

二面性があることのメリット

わたしには二面性があるのです。障害者であるわたしと、わたし自身です。障害者の人が不安定なときは、その二面性の間で揺れ動いているときかもしれません。

わたしたちは家族や身近な人に完璧な手助けを求めているわけではありません。無敵な心を求めているわけでもありません。なぜなら、大事な人が自分のせいで悲しい思いをしたり、自分のせいで傷つけてしまうことがあるのは当然であること、またそれが日常茶飯事であることも障害者はある程度自覚して生きているからです。そしてご家族もきっと、悲しい思いをすることがある、その前提でお付き合いしているのだろうとも思います。

障害者とその家族はお互いに闘病という、普通の人よりも大きなプロジェクトをひとつ多く与えられているんです。ご家族の方は境遇を受け止めてあげるということ自体が大役です。障害者と同じように、ご家族の方にも二面性が存在します。障害者を抱える家族の立場と、その人自身というもの。

悲しい思いをすることが多い中、何かメリットはないのか。転んでもタダで起きない精神で考えたことです。障害者とその家族がお互いに関心を持ち続けて接していくうちに、その境遇だからこそ得たもの、お互いが持つ二面性に面白みを感じてもらえたらいいなと思っています。その関係性は特別です。

病気なんて無いに越したことはないのですが、なってしまったからには、当人と家族は向き合わなければいけなくなります。

ですが、障害者とそれを支える人。ふたりいれば、障害者である自分とその人自身、また障害者を抱える家族の方とその人自身。これで四つの世界、価値観、生き方が存在します。

二面性を認めることが障害者と健常者、当人とその家族がお互いにできたらきっと、知らなかった世界が広がるきっかけになるかもしれませんし、絶望感をすこし和らげるような些細な喜びを大きく感じたり、共有することもできるかもしれません。

あえて、障害者である自分への自己評価をかなり高めに書きましたが、これはわたしの、絶望感の中から無理やりひねり出した家族との向き合い方です。家族に迷惑をかけてしまいます。でも、こんなわたしといる中で、少しでもメリットを感じてほしい。とくに障害者の子供をもつお母さんに、少しでも期待が持てる世界になってほしい。そんな風に思って書きました。

(執筆 みい)

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みい by
会いにいける障害者。東京都、池袋で夫婦でお店を営んでいます。
ワンコインバー&ギャラリーカフェ HAKU
中学3年生のときに難病指定の腎臓病と診断。
投薬治療と人工透析を受けたのち、母から生体腎移植を受けましたが移植腎も原因不明の腎不全になりました。9年後の現在はまた人工透析を受けつつ、料理と接客の仕事を楽しんでいます。