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眠れているから大丈夫? 腎臓病の裏に潜む精​神症状とは

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腎臓病 精神疾患

「健康診断を受けた方がいいよ」と言われてもピンとこない方も多いと思います。受けた方がいいのはわかる。でも今なんの不調もないし、必然性を感じない。よくわかります。わたしも健康は当たり前のように感じていました。わざわざ、健康だ、などと感じることもないくらいに。

そんなわたしも、中学生の時にみんなと同じように学校の健康診断を受けました。その結果、病院で精密検査を受けるようにいわれてはじめて腎臓病が見つかったのです。具合の悪さなど何も感じないまま、治療は始まりました。

目に見えない病気とは

なぜ腎臓病がわかりずらいのか。それは初期は自覚症状がほとんどないためです。

わたしは難病といわれている腎臓病で、すぐに治療を始めなければ数週間から数年単位で腎不全を起こすというものだったようです。わたしは初期で見つかって治療を受けはじめても5年でした。入退院を繰り返しつつも治療のおかげで学生生活を送れたので、5年は持った、と思った方がいいのかもしれません。

仕事中に倒れて病院に運ばれたらそのまま人工透析に入ったという人の話もよく聞きます。

腎不全になったらさすがに体調がかなり悪くなっているので自ら病院に行く人が多いと思いますが、そうなったときにはほぼ手遅れです。人工透析、または腎移植をする以外助かりません。最後は肺に水が溜まり、心不全を起こすそうです。死に直結です。

はじめはわたしも中学時代のように自覚症状としてはなんの不調も感じなかったのですが、腎機能がかなり低下してくると少しずつ症状が現れます。主に体のだるさ、ときには頭痛や吐き気、体の痺れなどが起こりました。

体のだるさをわかりやすく言うと、常に体に重力を感じている状態で、最後の方は自転車に乗れなくなりました。いくらタイヤの空気がパンパンでもペダルが踏み込めず、パンクした自転車に乗っているようなものでした。歩くのも足が重いのですが、それでも自転車に乗るなら歩く方を選びます。

そして、人工透析になる前の半年間くらいとくに辛かったのは、体のだるさと同じくらい、精神症状でした。腎臓病はカルシウムの吸収が低下してしまうためイライラしやすくなったり、不安障害のようなものを起こすようです。

わたしも「わたしなんか居ても意味がない」「居なくなった方がいいのかもしれない」という気持ちが常にあり、ささいなことでも絶望感に襲われていました。怒りの沸点が異常に低くなり、感情をコントロールできなくなりました。抑えきれなくなった絶望感で泣き崩れてしまうこともあり、周りの人から見たら、こんなことでそんなに泣くとは思わなかった。そんなこともあったと思います。人前ではなるべく笑顔を心がけていたので反動も大きかったと思います。

たとえ、これは腎臓病のせいだと言ったとしても、目の前で大泣きしている人間を見てしまったらそれはなかなか伝わりにくいものです。周りの人からすれば、ただただ扱いにくいものとなっていたと思います。

わたしの場合は治療を受けつつ人工透析を目前としている状態だったので、透析への不安や恐怖も加わりかなり追い詰められていましたが、他人に話しても状況は変わらないし、心配させるだけなので言えませんでした。

毎日朝起きると、今日もまた命が削られていると感じ、どこからか「もう限界だよ」という声が聞こえる。果物の皮を剥くようにじわじわと魂が削られていく。そんな感覚を体感しつつ、それを消すようにがむしゃらにシャワーを浴びる毎日でした。

そのうちにだんだんと笑えなくもなっていきました。それは心の問題もありましたが、笑顔も筋肉を使うのでエネルギーを消耗するのです。物理的に笑う力がなくなっていき、気付いたら、楽しくても笑えていない。そんなこともありました。

人工透析を受けている今は、このときの状態は充分異常だったんだとわかります。人によっては、人工透析を受けはじめてもそれに悩まされる人もいるようですが。

相談ができない理由

わたしはこれを、誰かに相談することができませんでした。腎臓病の担当医にも言えなかったのです。なぜかというと以前、誰にも何も知らせずに心療内科にかかったところ「眠れているか?」の質問に対してイエスと答えたら「なら、あなたは大丈夫です」と、それ以上なにも聞いてもらえずにつき返されてしまったからです。

心療内科では不眠かどうかをとても重要視するようですが、腎臓病のわたしの場合は違いました。むしろ寝ても寝ても足りないくらい、身体のエネルギーが無くなっていたのです。腎臓病の担当医からは「たとえ12時間くらい寝ていてもちっともおかしくない状態。それでも足りないくらいかも」と言われていました。車のタイヤがふたつ以上パンクした状態で走行しているようなもの。そんな例え話もされました。


腎臓病の担当医にそう言われていたのだから心の問題も担当医にすれば良かったのだと今ならわかるのですが、心療内科で「眠れているなら大丈夫」といわれてつき返されてしまったことでわたしは「担当医にもまた同じことを言われたら、わたしの救いはどこにもないかもしれない」という気持ちになってしまい言えませんでした。

正直に言うと無理をして仕事も続けていました。でも休めないのです。周りは、体が辛かったら休んでもいいと言ってくれましたが、自分自身が休むことを許せませんでした。学校や仕事を休んでいるうちに居場所が無くなる経験をわたしは何度もしてきたからです。

わたしの代わりはいくらでもいる。それを言葉通り体感してきました。仕事でもプライベートでもそうです。

このままでは心臓が止まるかもしれないよ、と言われつつも最後まで気力で動けていたのは、周りの環境が良かったからだとは思います。仕事もプライベートも楽しい時間がたくさんあるので、日常の魅力に生かされている。ありがたい環境でした。

今の仕事が好きですし、他の仕事だったら続けられていないと思います。家族もいます。それは、やり尽くすまでやってやろうという、生きようとする原動力となるものした。逆にこれが無ければ、わたしはもぬけの殻だったと思います。

しかし、そんな風にいくら前向きな気持ちになっても、体のだるさを感じて仕事に行くのが辛かったり家事がおろそかになってしまうと、そのことについて罪悪感を感じてまた落ち込んでしまう。そのループでした。

誰かにSOSを出すことはできませんでした。他人にどう思われるのかがとても不安ですし、自分の中で解決方法が見えなかったからです。「眠れているなら大丈夫」その言葉がわたしを縛り続けていました。そして結局、自分で自分を抑えられなくなり衝動的に感情が爆発してしまったり、その場から逃げ出してしまうようなこともありました。

これは腎臓病のせいだと自分で気付いていても、目に見える症状が現れない病気は共感を産みずらいものです。その孤独感は常に自分の中にありました。

でも、悪いことばかりではありません。自分の身と居場所は自分で守らなければ。それを徹していたからこそ、わたしは日常を大事にすることができました。どうしても落ち込んでしまったときには、ひとりでできる趣味を作ることもしました。そのエネルギーがあったことが、他の精神病とは違うのかもしれません。なんのやる気も起きないのではなく、アイデンティティを守ることには必死でした。

病院の診断の力とは

わたしは腎臓病のせいで精神が不安定なんだ。そのことを病院から認めてもらう作業ができなかったからこそ、趣味など、自分で自分の身を守ろうとする方法を探し続けたことはたしかです。それ自体は結果的に良かったことでもかもしれません。それでもわたしは言いたい。

「眠れているなら大丈夫」単純にそう思わないでください。その裏には、大きな病気が潜んでいるかもしれません。過去のわたしに言ってあげたいです。それは腎臓病の担当医に相談するべきだったんだと。

わたしは腎臓病だと診断されていることで自覚はしているし、そのための薬も出されている。でも心の症状を病院から認めてもらうという作業まで踏み出せませんでした。毎日毎日、自分の症状を検索してはひとりで悩み、それを言葉にできませんでした。「眠れているなら大丈夫」その言葉が怖かったからです。

以前のわたしはこんなじゃなかったはず。そんな風に感じたら、いろんな病気を疑うことも必要かもしれません。腎臓病の他にも、癌や肝臓病なんかも精神症状が現れたりするようです。

病気というのは、少しの検査でこれだと診断するのはとても難しいようです。腎臓病のように自覚症状がないまま進行し、症状が出たとしてもだるさや精神症状など、一見甘えに見えるものもあります。周りに気付いてもらったときにはすでに人工透析か、最悪の場合は死が待っています。

病気を自覚した上で認めてもらうこと、診断を下してもらうことは治療を受けるにあたって大事なことです。

担当医との相性もありますが、自分ひとりで悩まなくてよくなるかもしれませんし、手遅れな状態も避けられるかもしれません。

当たり前のように過ごしていた日常で突然倒れて、そのまま即人工透析。心の準備ができてない状態でそうなったときの絶望感は計り知れません。

それを知っているかどうかだけでも変わる人がいるかもしれません。健康診断、受けてみると話の話題にもなるので、受けてないひとは一度行ってみるといいかもしれませんよ。

(執筆 みい)

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みい by
会いにいける障害者。東京都、池袋で夫婦でお店を営んでいます。
ワンコインバー&ギャラリーカフェ HAKU
中学3年生のときに難病指定の腎臓病と診断。
投薬治療と人工透析を受けたのち、母から生体腎移植を受けましたが移植腎も原因不明の腎不全になりました。9年後の現在はまた人工透析を受けつつ、料理と接客の仕事を楽しんでいます。