障害者ライター陣の書く、障害者と健常者を繋ぐWEBマガジン

障害者とその家族が抱える”3つ”の葛藤~うつ病の家族を持って~

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障害者 葛藤

今回のテーマは「障害者とその家族」です。障害があろうとなかろうと、家庭環境が悪いという問題はどの家族にも起こり得ます。しかし、障害者とその家族の問題の周辺には独特の様々な原因があります。それを私の人生を振り返りながら考えていこうと思います。

【1】「介護」という問題

まず、身体障害者には自ずと必要となるのが「介護」です。現在ほど、在宅でのヘルパー制度が充実していなかったひと昔前では介護を必要とする障害を持つ子の介護は親がするか、施設に預けるかの二択がほとんどを占めていました。親の身体的な負担も大きく、自分自身のための時間がなくストレスのもとになってしまう。そこで結局施設に預けてしまうという選択肢にたどり着いてしまうのです。親が自分の介護で疲弊している姿を目の当たりにしている障害を持つ子も拒否せざるを得ない。

確かに今では昔に比べて福祉制度は充実してきてはいますが、以前の記事でも書いた通り制度にはまだまだ穴があります。家族に頼らず24時間365日自立していくために必要となるヘルパーさんの介護サービスが、介護人口不足、介護サービスを受けるため支給される時間数(あなたは月に何百時間このサービスを使えますというようなもの)不足などがあり受けることができないという人はたくさんいます。もちろん私もこの壁にぶつかっている一人です。

【2】「理解」という問題

たとえば街中のコンビニで商品が取れず困っている車いすの人がいるとします。もし、その人に「すみません。取っていただいてもいいですか。」とお願いされたとします。おそらくほとんどの人は無視や嫌な顔をせずお手伝いをすると思います。なぜなら車いすで困っている人がいたら助けるという障害に対する、ある「理解」があるからです。しかし、生活を共にする家族の「理解」は別次元です。「私の子は将来社会の中で生きていけるのだろうか」、「結婚はできるのだろうか」、「障害を持って生まれてきて不幸なのではないか」。障害を持った当事者ももちろん悩みますが、支える側の家族も「理解」という面で悩みます。

【3】家族の中の問題

すでに述べた「介護」と「理解」二つの問題が原因で障害者とその家族の間では様々な問題がうまれます。虐待、ネグレクト、離婚、障害当事者又はその家族のうつ病などの発症。

実際私もそのようなことを経験しました。私の母親は障害を持つ私の普通学級への進学のサポート、家計を支えるためのダブルワーク、子供を障害者にしてしまったことに対する負い目からうつ病を発症しました。そして、父との仲も悪くなり離婚をしました。その後、精神病院への入退院を繰り返し、3年前自らの命を絶ってしまいました。


これは私だけの問題ではありません。どんな家族でも起こりうる話なのです。一歩違えば、「介護」の問題と「理解」の問題で命を絶っていたのは私の方であったかもしれません。

「介護」より「理解」

先ほども触れましたが、「介護」の問題は福祉制度の充実により解消されつつあります。家族の負担は昔より大幅に減りました。しかし、負担は0ではありません。家族であるうえで支え合っていきるという点で0になるはずもありませんし、なってはいけないと思います。そこで大事なのが「理解」ではないでしょうか。

健常者と同じようにバリバリ外に出て働けない方はもちろんいます。その現状を家族は「楽をしている、仕方がない、働かない」という目で見てはいけません。なぜその現状があるのかをしっかり理解することが大事ではないでしょうか。「在宅でできる仕事はないのか」「障害者の就労が難しい企業の課題の原因はどこにあるのか」。一歩踏み込んで「理解」しようとして下さい。

「理解」を促す当事者である障害者

「家族にはわかってもらえない」そういうことはちらほら耳にします。わからない家族もわかってもらえない障害者もどちらもストレスになります。では、「理解」を促す役割をもつキーパーソンは誰でしょうか。それは様々な障害をもつ当事者です。私は進行性の筋疾患なので、麻痺障害がある人、発達障害がある人の気持ちを100%知ろうとしても無理です。しかし、様々な障害を持つ人の意見を集約し、「私はこのように恋愛を楽しんでいる」、「仕事をこなしている」、「外出を楽しんでいる」という具体的なエピソードがあったら、それを知った障害当事者、その家族はどう思うでしょう?きっと「理解」が深まるのではないのでしょうか。

私は失敗した人間の一人です。障害のせいで自身の可能性を見失い自暴自棄になったこともありました。それが原因で家庭にヒビをいれたこともありました。そのうえ、母の私に対する「理解」、うつ病になった母に対する「理解」というところで失敗し、残ったのは私の命で失ったのは母の命です。

だからこそ、私は「理解」を深めてもらうためにも23歳と未熟ながら行政書士として独立開業し、日々修行中です。障害がある中、行政書士として仕事をしていく中にも壁はあります。23歳という年齢での経営は決して甘くはありません。けれど、私の立場ならではの方法で「理解」を深めていくことを目指しています。

この記事を書いた5/14は母の日とのことで、私の障害そして家族である母との間に起ったことから、障害者、その家族の「理解」ということについて書かせていただきました。

(執筆 しょうのすけ)

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しょうのすけ by

北海道で行政書士を個人開業しています。二歳のときに進行性筋疾患の脊髄性筋萎縮症と診断され、現在は電動車イス、人工呼吸器を利用し生活をしています。

福祉の分野では本業の行政書士のほか、ユニバーサルファッションモデルとして「からだが不自由でもおしゃれを楽しむ」をコンセプトに2年前より各種メディア・イベント出演を通し、活動しています。

障害福祉サービスに係ることはもちろん、その他契約書の作成や補助金などに関するお問い合わせやご相談は下記FBページからご連絡ください。
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