ライターの蛙屋です。手足がきかないと、人に助けてもらうことばかり。でも、できることは自分でやりたいとやっぱり思うのです。しかし、苦労することもあって……。今回はそんな話です。
バリアフリーが叫ばれるようになって数十年。最近はスロープが設置されているお店も多く、車椅子ライダーにとっても助かっています。でも、中には入口にスロープ設置だけでOKみたいな感覚の店もあって、入口のドアが車椅子で通れないほど狭いとか、店内は段差だらけといったこともしばしば。
飲食店のテーブルが車椅子では入れない場合もあります。でも備え付けの椅子は無理、仕方なくテーブルに横づけして食事をするなんてことも。
「スロープあるから」と思って安心はできないのです。
意外と困るのはコンビニ。スロープがあって、店内も動きやすいのですが、なぜか観音開きのドアが多い。
車椅子に乗って取っ手を掴んでも、引くには車椅子が邪魔。片手で押し、もう片方の手だけで車椅子を動かすのは大変です。
あれを開ける方法は、まず車椅子を開けない側につけ、開ける側の取っ手を思い切り引く。開いた瞬間にさっと車椅子の一部か自分の腕をねじ込んで、一気に開くというやり方です。
ドアに靴を差し入れて閉められないようにし、徐々に開けてゆく強引セールスマンと同じですね。とても強引ですが、自力でできます。
ただ、たいていは見かねて誰かが開けてくれるんですが。
腹が立つのはお菓子。最近のお菓子は大きな袋の中に、さらに一つずつ小さい袋に入れてあるのがありますよね。
大きい袋は私でも開けられます。「さあ食うぞ」と思ったら、中に小さい袋がいっぱい……。指が動かないのに、こんな小袋開けられるか!(笑)
「お菓子もバリアフリーにしてくれ」などと文句言いながら、誰かに開けてもらったりします。
「自力でやりたい」というのは、できないことが多い反動でしょう。
数少ない「できること」なら、自分でやるという意地みたいなものです。
私には「誰かにむいてもらった甘栗は味が落ちる」というような、自分が手をかけないと楽しみが半減するという思い込みがあるのです。
そんなストレスをいつも感じている私も、長く障害者をやっていると、「ストレスもまた楽し」と思えるようになりました。
お菓子だって小分けに袋詰めされているほうが持って歩きやすいのだし、世の中のあれもこれも四肢麻痺の自分に合わせてくれる必要はないのです。
障害者がストレスを感じるのは当たり前で、いちいち怒っていたらやってられません。
最近はやり方を工夫してみたり、面倒を楽しんでいるようなところがあります。
年を取って、障害者として悟りの境地に入ってきたんですかね。
(執筆 蛙屋(かわずや))