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発達障害を抱えた男性保育士の苦悩

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最近「ADHD」や「アスペルガー障害」という言葉を目にしたり「発達障害」に関係することが様々なところで取り上げられるようになりました。「大人のADHD」「アスペルガー障害チェックリスト」などはネットで調べれば,すぐにいくつも見つけることができます。

しかし,今から45年以上前には発達障害という概念すらなく,集団生活になじめなかった自分は,人とは何かが違うことをぼんやり感じながら,いつも何かに不満を持っていました。

発達障害者が成人するまで

小,中学生の頃はとにかく忘れ物が多く,先生からは毎日厳しく言われ,時にはランドセルに「明日持ってくるもの」という張り紙をされたほどです。また授業中は落ち着きがなく常にガチャガチャと何かをやっている子でした。先生に当てられ答えている友達の回答が間違っていると「違うよ!」「おしいなぁ」などと言ってしまったり,答えを大声で言ってしまい,常に先生に叱られている子でした。その甲斐あって(?)小学校6年間のうち5年生までは席が一番前どころか,黒板の下でした。周りの子への迷惑を考えた先生の苦肉の策だったのでしょう。普通に考えれば恥ずかしいこと極まりないことなのですが,当時の自分は友達と一緒に座れないことと,班活動でいちいち椅子をもって移動することが不満なくらいでした。

「空気が読めない」「興味がないことには見向きもしない」という特徴があるので,先生に「やる気がないなら帰れ!」と言われ帰ったことも1度ではありません。「みんなと同じことをする」「座って授業を受ける時間」ということが苦痛で仕方なく,就業のチャイムが鳴ると「おわりー!」と騒いだり勝手に教科書をしまったり,明らかに意図的な授業妨害をしていました。


成人後,発達障害がわかるまで

専門学校で保育士資格を取り,保育士として働き始めると,様々な障害児と関わる機会が増えてきました。専門の大学の先生にいろいろと教えていただいているうちに「あれ?自分も?」と思うようになり,先生に相談したところ「そうですね,ご自身で分かっておられると思っていましたよ」とあっさり肯定され,そこからすべてがすっきりしました。

発達障害 まとめ

発達障害として自分を捉えなおすと,生活に工夫しやすくなりましたし,自分の特性を生かし大学院にも進学できました。学位を取得し現在は発達障害の研究者を目指して,保育園の園長や専門学校の講師をしながら大学への就職活動中です。自己理解は自己肯定へつながることを身をもって実感しましたので世の中の発達障害を抱える方々へ何かの形でお役に立てるように,今後も自分と向き合いながら進んでいこうと考えています。

(執筆 平泉(たいらいずみ))

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平 泉(たいら いずみ) by
公務員保育士として25年働いたのち、大学院に進み教育学修士を取得(発達心理学分野)。自らがADHDとアスペルガー障害の併存型であり、研究対象も幼児の発達障害という…根っからの発達障害者です。