障害者ライター陣の書く、障害者と健常者を繋ぐWEBマガジン

障害者が普通学級で学ぶということ

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障害者 学ぶ

私は生まれつきの障害ですが、小中高そして大学といわゆる普通学級で過ごしてきました。一度は入院が長期になり病院併設の養護学校に数か月通ったこともあります。

障害者がなるべく普通学級で健常の学生と学ぶというのは共育という観点では理想かもしれません。ですが、制度や理念以上の課題がそこにはあります。

障害者が故の周りとの比較―劣等感

やはりどうしても人は他人と比べたがってしまいます。健常者の学級の中にポツンと一人いると感じるのが劣等感です。

体育では見学、参加できても下手な体操。昼休みの鬼ごっこや、学芸会の役回りにも困る。授業や行事を楽しもうとすればするほど、比較してしまいがちになります。実際私もそうでした。歩けてはいたけれど、長距離は走れませんでした。なので、小学生の時の運動会は辛かったです。ビリになることが明らかなのに、走らなければいけないのですから。

最後のほうはふらふらして毎年まともに歩けてすらいませんでした。

学級行事で鬼ごっこなどがあれば、自分がいれば邪魔になると思い仮病を使って休んだこともあります。社会で暮らしている以上に、周りとのどうしても比べざるを得ないギャップに苦しみました。

人は比べたがる生き物

先ほども書きましたが、よく人は比べたがる生き物です。けれど、それは悪い点や弱い点だけでしょうか。

走るのが遅い、疲労が人よりたまりやすく迷惑をかける。そんな悪い点や弱い点を比較するより、自身が他人より優れている部分を考えてみるのはどうでしょう。


私でしたら、必死に模試の壁に張り出される順位表の一位に載りたくて努力しました。体育ではビリだけれど、他では一位。そんなふうに自分の存在価値を認めることができるなにかがあれば、普通学級で多少足を引っ張ろうと気にはなりません。

けれど、優れているところや努力をおごりたかぶっては失敗をします。中学校の時私はそのことが原因である意味”いじめ“、孤立状態になりました。

お互い弱いところを補い合い、学級というコミュニティが成り立っていることを忘れていたのです。自身の障害という弱い部分を補ってもらおうとしてばかりではいけません。

障害者と健常者が共通の何かをもつこと

学級内の人と交流をもつためには共通の何かを共有することが大切です。これは社会に出てからでも同じだと思います。けれど、学生は部活に遊びというイメージがあるでしょう。

これらの中には障害があるから共有しにくいものも多くあります。しかし、そこで諦めてしまってはいけません。障害があっても自分にできる、自分が好きな何かを追及してみてください。

スポーツが好きな友達の中にはスポーツゲームが好きな人もいます。アウトドアが好きな友達には、世の中には隠れている障害があっても楽しめるアウトドア情報など提案すれば目を輝かせて驚くでしょう。そしてそれをしていくのは自分自身です。

自分自身の経験が自身の力の糧になり、次世代に受け継がれ、政治や制度を変えていく。

記憶はありませんが、私の小学校の卒業文集にはそんな自身の経験を文章にして伝えていきたいと書いていたのを最近見つけたので、さっそく行動に移しました!

(執筆 しょうのすけ)

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しょうのすけ by

北海道で行政書士を個人開業しています。二歳のときに進行性筋疾患の脊髄性筋萎縮症と診断され、現在は電動車イス、人工呼吸器を利用し生活をしています。

福祉の分野では本業の行政書士のほか、ユニバーサルファッションモデルとして「からだが不自由でもおしゃれを楽しむ」をコンセプトに2年前より各種メディア・イベント出演を通し、活動しています。

障害福祉サービスに係ることはもちろん、その他契約書の作成や補助金などに関するお問い合わせやご相談は下記FBページからご連絡ください。
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