皆さんは街中で白杖をついている人、あるいは補聴器をかけている人を見かけたことはあるでしょうか。
これはとある重複障害者の電車旅についてのお話です。
私は治療の関係で、高頻度で遠方に電車に乗って出かけます。
ですが、私にはいくつもの障害があります。重度の聴覚障害と精神障害、比較的軽度の視覚障害です。平衡機能にもおそらく問題があります。そのような私にとって、往復8時間電車に乗り続けるのはとても厳しいことです。
まず視覚障害があるため、視野がとても狭いです。トイレットペーパーの芯から世界を覗き見ているようなものです。特に満員電車では他の人が見えず、ぶつかってしまうことがあります。
聴覚障害があるため、背後から声をかけられても聞こえません。他の人がどのように動いているのか、という状況の把握も苦手です。車内放送も聴き取れないことが多いです。電車が急停車したり、遅延したりした時は筆談か口話で近くにいる人に事情をお伺いすることもあります。
更に精神障害のために目眩や眼前暗黒感、フラッシュバックや幻覚が襲いかかってきます。以前は過呼吸やパニック発作もありました。
それに拍車をかけるように、今度は平衡機能の問題もあります。揺れる車内で立ち続けることは本当に恐ろしいです。いつでもフラフラな状態です。平常時でもしっかりと立ち続けることが困難です。
それでも見た目には何の障害もありません。特に松葉杖をついているわけでもなければ、車椅子に乗っているわけでもありません。念のため「ヘルプマーク」という赤のベースに白の十字とハートが描かれたタグをカバンにつけていますが、知名度はあまり高くないようです。満員電車で座れず、何時間も立ちっぱなしのこともあります。
誰かに席を譲ってもらうことも考えました。けれど、見た目には何の障害もない上に現在18歳の若者です。「嫌な顔をされるのが怖い」「何か言われるかもしれないから怖い」といった理由で、なかなか席を譲ってもらおうとは思えません。「みんな座りたいのは同じ」「大変なのは自分だけではない」とも思います。新幹線やグリーン車を活用すれば良いのかもしれませんが、経済的な理由で断念しています。だからいつも電車に何時間も揺られて遠方に出かけます。決して楽な道のりではありません。
ホームや駅構内での移動もかなり困難です。稀に白杖をついているのを見た人が「お手伝いしましょうか?」と声をかけてくださりますが、基本的には介助者もいないため単独で行動しています。
視覚障害者が線路に落ちて亡くなる事故、白杖を折られたり蹴られたりする事件などを頻繁に見聞きします。そういった事件や事故を見聞きする度に「次は自分の番かもしない」という恐怖に支配されます。
それでも私はこのハードな電車旅が嫌いではありません。「お手伝いしましょうか?」と声をかけてくださった方とのコミュニケーションはとても面白いものです。車内放送が聴き取れなかった時にその内容をどなたかに教えていただくと、その後話題が広がっていくことも多いです。「お願いします」「ありがとうございます」「助かります」「どういたしまして」といった言葉かけをしたりされたりするのはとても温かみのあるものだと感じます。
命に関わるような恐怖、不安などは尽きません。それでも私はそれらの逆境さえも楽しみたいのです。特に青春18きっぷシーズンなどは、いつもよりかなり遠いところまで一人旅をします。
楽ではなくとも、そしてその現状を変えられなくとも、それを感じる自分自身を変えることは可能です。「介助者が欲しい」「新幹線やグリーン車を使いたい」と現状を嘆くだけではなく、「けれど今日の電車旅も楽しかった。こんな人とこんな話をすることができた」と捉えたいのです。
もしも街中で明らかに困っているであろう人を見かけたら、声をかけていただけると嬉しいです。それはもしかしたら私や私の仲間かもしれません。
(執筆 秋澤優(アキサワ ヒロ))