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耳が聞こえないことで怒鳴られた日々ーー聴覚障害者として生きるということ

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聴覚障害

今回は聴覚障害者としての私の思いを書きます。私は現在両耳とも聴力が平均95dB前後の聾者です。(健常者で0~25dB dBの数値が大きければ大きいほど聞こえにくいということを表しています。)補聴器をつければ日常会話はできますが、外した瞬間に何も聴こえなくなります。そんな私の日々をここに記します。

聴覚障害があるということ

私は恐らく生まれた時から聴覚障害者です。「アッシャー症候群(出典:難病情報センター )」という遺伝子疾患だと思われます。かなり稀な疾患です。

それでも幼少期は今よりも聴こえていて、65dB前後ありました。ですが10歳の時に急激に低下し、そのまま回復せず今に至ります。

聴力を失う恐怖

あの時の恐怖感は今でも忘れられません。ある日いきなり全ての音が聞こえにくくなりました。当時使っていた軽度難聴向けの補聴器のボリュームを最大まで上げました。それでも聴こえにくいままでした。けれど、当時はかなり酷い虐待的環境下に置かれていました。聴こえないことは悪とされました。聴こえなければ怒鳴り散らされましたから、私は精一杯聴こえるふりをしていました。日に日に音がこもって聴こえなくなっていきましたが、先述の理由により誰にも打ち明けられませんでした。それでも聴力測定では嘘をつけませんでした。

しかし、私の聴力が急激に低下したことはすぐにバレました。「ああ、終わったな。聴こえなくなったことが大人にバレた」と絶望に暮れました。聴力を失ったことよりも、それが知られたことの方が怖かったのです。


その後のことはあまりよく覚えていません。ただ「いつか全く聴こえなくなるかもしれない」と言われたこと、補聴器を急に買い換えてもらったことだけを覚えています。

聴覚障害の現在の状況

あれから8年の月日が流れました。今は最重度難聴向けの大型補聴器をかけて生活しています。これ以上聴力が低下したら、もう補聴器は使えないかもしれません。

普段は補聴器と周辺機器を併用しています。そのおかげで音楽を聴くこともできますし、友人と長電話をすることもできます。それでも私の中の葛藤や苦しみは終わりません。いつ完全に聴力を失うのだろうか。そのことばかり考えます。私にとって音とは、なくてはならないものです。もし音を奪われたら……立ち直れないかもしれません。

聴覚障害を受け入れるということ

これからも私の耳が聴こえにくいことは変えられないと思います。確かに葛藤や苦しみは終わらないですが、嘆いているだけで人生を終わらせたくはありません。苦しみながらも私は私なりに生きていきたいと思っています。

また、治らなくとも科学技術の発展にも期待できます。実際に軽度難聴だったあの頃の私には音楽が聴き取れず、電話で話すなど夢のまた夢でした。ですが今、重度難聴になったにも関わらず、周辺機器のおかげで音楽を楽しみ、電話をすることが可能になりました。

だから私は希望を捨てたくありません。

(執筆 秋澤優(アキサワヒロ))

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秋澤優(アキサワ ヒロ) by

アッシャー症候群(視覚・聴覚障害)、精神障害、AC(虐待サバイバー)、LGBT。相貌失認と発達障害の可能性が高いけれど未診断。人生ハードモードをエンジョイしようと足掻いています。

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