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性同一性障害の治療ってどんなことするの? ①ガイドラインとジェンダー・クリニック

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性同一性障害

精神障碍者で性同一性障害当事者のライター、衛澤です。LoveHandiでは主にうつ病と性同一性障害について書かせて頂いております。

今回から、一通り治療を済ませてしまった筆者・衛澤が、性同一性障害の治療についてのお話をしてみようと考えております。私見も多分に含んでおりますが、「衛澤が経験した治療」についての記述とご理解頂きたいところです。

性同一性障害の治療と一ト口に言いましても、ああしてこうして、で済む話ではありません。話せば随分長くなりますので、ざっくり割って下記のように9回のシリーズとさせて頂こうと予定しています。

①ガイドラインとジェンダー・クリニック
②心理検査と血液検査、産婦人科での診察(1997年)
③ホルモン注射――決して魔法の薬じゃない(1998年~)
④乳房切除術――おっぱい切り取り取りました(1998年)
⑤内性器摘出――真一文字にお腹を開けました(2005年)
⑥尿道延長術と陰茎形成準備術――腕にトンネルができたよ!(2009年)
⑦陰茎形成術――身体の一部を削って別の一部をつくりました(2013年)
⑧性別適合手術の後遺症――性別適合手術は受けてもいいことないぞ(2014年~)
⑨性別適合手術の意味――性同一性障害の人ってみんな手術するの?

項目名の後に括弧書きでついている年号は、筆者が経験した年です。その年現在のお話をすることになります。随分旧いお話もありますが、参考程度にお読みくださればと思います。

筆者の経験がお話の中心になりますので、女性型の身体から男性型の身体への変化を促す治療についてが主となってしまうことと思います。筆者とは反対のパターンである男性型の身体から女性型の身体への変化を促す治療についても、できるだけ併記していく心づもりではおりますが、ままならぬ場合も多分にございましょう。その点はご寛恕くださいませ。

では先ず今回は、①の「ガイドラインとジェンダー・クリニック」のお話をさせて頂きましょう。

日本国内での性同一性障害の治療

日本国内においての性同一性障害の治療については、「性同一性障害に関する治療のガイドライン」が日本精神神経学会によって定められていて、それに沿って行われることが望ましいとされています。性同一性障害の治療の第一歩は精神科からはじまりますが、性同一性障害は精神病ではありません。

ガイドラインは1997年(平成9年)発行の初版から版を重ねて、現在は第4版が使用されています。第4版は第3版までと大きな変更点が二つあります。一つは性ホルモン剤の投与による治療を行なうこと可とする年令が、20歳から18歳に引き下げられたことです。もう一つは第3版までは治療が段階方式であったのに対して、第4版ではアラカルト方式に改められたことです。段階方式とアラカルト方式については本稿で後述します。

性同一性障害の治療には主に次のような項目があります。

性同一性障害の治療 1 ジェンダー・アイデンティティ(性自認)の判定

性自認とは、身体その他の性に関わらず、自分が認識している自分自身の性です。性とは男女の二者には限らないものですが、医療の現場ではだいたい男性か女性か、何れであるかの判定をされます。性同一性障害当事者本人の生育歴の聞き取りや心理検査などが行われます。

「自分は身体は男性だけどほんとうは女性なの」と思っている、と本人が思っていても、深層心理ではそうではないということも、実はあるのです。何ものにも惑わされない実際の性自認、当事者本人がほんとうに認識している自分自身の性別というものを、当事者本人からの聞き取り調査や幾つかの心理検査で医学的に判定するという作業を、ここでは行ないます。

性同一性障害の治療 2 身体的性別の判定

性自認とは別に、身体の性別も医師によって判定されます。これは精神科ではなく、誕生時に判定された性別が男性の人は泌尿器科、女性と判定されている人は婦人科で、目視及び触診によって判定されます。そのほか、採血をして染色体検査をする場合もありますが、一部の医師や研究者の間では、これは無意味であるという意見もあります。

性同一性障害の治療 3 除外診断

何らかの精神病によって本来の性自認を否定したり、性別適合手術を求めたりするのではないことを確認します。たとえば統合失調症などの一症状に、自分自身の性別を否定する、或るいは実際とは違う性別と思い込んでしまうというものがあります。そのように他の病気によって自分の性別は身体の性別とは異なる性別であると主張しているのであれば、これは性同一性障害とは診断し得ません。
勿論、これは必ずしも統合失調症などの精神病に罹患していることを性同一性障害ではないと診断する理由とするものではありません。当事者が持つ性別違和が病気によって生み出されたものではないことを確認するのです。

それから、現在の法律上の性別でいるよりも、他方の性別の方が得だから、という理由で性別適合手術を受けたいという人も、性同一性障害とは診断できません。たとえば、誕生時は男性と判定されて男性として育ってきたけれど、女性の方がレディースデーとか女子会割引とかあって得だから女性になりたい、とか、女性として生まれたけれど力士になりたいから男性になりたい、とか、そういった理由で性別適合手術を望む人は、性同一性障害でも何でもありませんので、診断対象からは除外されます。

上記のような理由から現在の性別を拒むものではないことが証明された上で、生物学的性(身体の性別)と性自認(自分自身が認識している性別)が一致していない(性別違和がある)ことが明らかとなれば、性同一性障害と診断されます。上記の例のように「性同一性障害ではない」ものを性同一性障害ではないと診断して治療対象から外すことを「除外診断」と言います。

性同一性障害の治療 4 診断の確定

一ト通りの検査と除外診断が行われると確定診断が行なわれるのですが、一人の医師の診断だけでは「性同一性障害である」という診断は確定されません。ガイドラインには「性同一性障害の診断・治療に十分な理解と経験を持つ精神科医が診断にあたることが望ましい。2人の精神科医が一致して性同一性障害と診断することで診断は確定する」(日本精神神経学会『性同一性障害に関する治療のガイドライン』第4版から引用)と書かれています。

2人の医師によって上記の諸々の検査・診断が行われて、2人の医師の診断がどちらも「性同一性障害である」という診断であってはじめて診断が確定します。確定診断が二つ必要だということです。
2人の精神科医の意見が一致しない場合、異なる診断が下った場合は、さらに別の、経験が豊かな医師の診察によって診断を受けることになります。ガイドラインでは「その結果をさらに検討する」となっていますので、「2対1で、こちらの診断の勝ち」ということにはなりません。場合によっては4人めの医師に当たらなければならないかもしれません。

性同一性障害の治療 5 精神領域の治療

上記の手順を踏んで診断が確定した後、次の条件を満たした者だけが身体的治療へと移行できるものとされています。これを満たしているか否かの判断も、精神科医が行ないます。
また、性別違和があることによって受ける社会からの抑圧などから、精神的に不安定になる者も決して少なくはありませんので、その面でのサポートも行われます。

性同一性障害の治療の条件 (1)性別違和の持続

生物学的性(身体の性別)と性自認(自分が認識する性別)との不一致(性別違和)がずっと続いているかどうか。これを確認します。
性には揺らぎがあります。特に思春期などに多いのですが、他方の性別への同一感を一時的に感じていて、その時期を過ぎると心身の性が再び一致する人もいます。

たとえば、オヤジっぽいと自認している女性というのも、現代ではめずらしくありません。「オヤジギャル」などという流行語が生まれたのも、そう遠い昔ではありませんでした。そのような人が「あたしって女じゃないよねー」なんて思っていても、結婚・出産を経験して「あたし女でよかった!」と女性である実感やよろこびを感じたりすることも間々あります。

そんな風に「やっぱり身体の性別が自分の性別だ」と思い直す場合もあるので、そういったことがないかを逐次確認する必要があります。そのような人が性別適合手術を受けてしまわないように、医師も本人も注意が必要なのです。

性同一性障害の治療の条件 (2)実生活経験(RLE:リアルライフエクスペリエンス)

確定診断を受けた人はその後、自分が認識している性別としての生活を実際に行ないます。これが「実生活の経験」(RLE)です。実際に誕生時に判定された性とは異なる性としての生活を経験することで困ったことやよかったことなどを医師に報告して話し合うことで、その生活が当事者本人に合うものかどうかを、つまり、その後一生をその性で過ごすことが可能かどうかの判断の材料とします。

RLEを行なう途中で当事者本人が大きなストレスを感じて体調を崩すようであれば、誕生時に判定された性として生きる方が本人には合っているのかもしれません。性別を移行する治療は中断なり終了なりの判断が下されるでしょう。

性同一性障害の治療の条件 (3)身体的変化に伴う状況的対処

性別適合手術を受けると身体の性が変わります。そして、手術を受ける前は生まれたときの性の身体のかたちをしています。術前の身体の性でいる場合と術後の身体の性でいる場合とでは、社会生活の中で起こることが異なります。

たとえば筆者のように自認は男性ですが生まれ持った身体が女性の場合、術前では意識は男性なのに月経は起こります。女性の身体を持つみなさんは既によくご存じのことですが、月経というのは股の間から本人の意志とは無関係にどろどろと粘度がある液体や、ときには肉片のようなかたまりが時を選ばず節度なく流れ出してくる日が一週間ほども続くという、大変うっとうしいものです。体質によっては頭痛や腹痛、倦怠感や軽いうつ症状なども同時に発生します。症状がひどい人などはうずくまっているほかには何もできなくなると言います。

それに加えて性同一性障害の者には「男性であるはずの自分にこんなことが起きるなんて」という、あるはずのないものに対する口惜しさのような理不尽さのような、そういった苦痛としか言い得ないものを感じざるを得ないストレスも重なってきます。

そういったときに、そのストレスをどのようにやり過ごしたり解消したりするのか、という方法論を確立しておく必要があります。その方法が「散財する」だとか「喧嘩を売って歩く」だったりすると大問題です。日常で、社会の中で、本人にも周囲にも無理がかからない対処方法を身につける必要があります。

同様に、術後の身体でもストレスを受ける場面はあります。性別適合手術を受けた後は自分が認識している性の身体になるのだからストレスフリーだ、なんて考えるのは大間違いです。現在の医学では、最高の手術を受けたとしても、まったくの望みの性の身体になれる訳ではありません。筆者は女性型の身体から男性型の身体への性別適合手術を受けましたが、股間についた男性器は実物にはあまり似ていませんし、勃起も射精もできません。自分の身体を材料につくった竹輪みたいなものがついていて、立ち小便ができるだけです。

その身体で、たとえば社員旅行に強制参加させられて、旅行先で大浴場に同僚と一緒に入らなければならなくなったら、どのようにすればいいでしょう。大抵の男性は浴場では股間を隠さないものですが、同様に隠さずにいると、すぐ近くで見られたりまじまじと見られたりすると「つくりもの」であることが直ぐに判ってしまいます。同僚たちにカミングアウトが済んでいて、かつそれが巧く行っていれば何ら気にする場面ではありませんが、カミングアウトできない、或るいはしたくない人もいますし、しても巧くいかない場合もあります。

そんな状況に陥ったら、どのように対処するのか。術後にも困った事態は幾らもあります。それ等の対処がいつでもできる状態ができていなければ、性別適合手術に進むべきではありません。

性同一性障害の治療の条件 (4)予測不能な事態に対する対処能力

(3)で述べたような事例は、予測できる事態です。しかし、世の中には予測できないこともたくさんあります。何が起きるか判らないのが人生です。予測できないことには予め対処方法を用意しておくこともできませんから、予測不能な事態に遭遇したときでも冷静に適切な対処をできる精神と方法論を身につけておく必要があります。これができないのに性別適合手術を受けてしまったら、その後に起きるのは悲劇しかありません。


性同一性障害の治療の条件 (5)インフォームド・デシジョン

少し以前にはインフォームド・コンセントと呼ばれていたものにとてもよく似ているのですが、インフォームド・デシジョンはさらに一歩踏み込んだものです。インフォームド・コンセントは「説明と同意」ですが、インフォームド・デシジョンは「説明と意志決定」とでも呼ぶべきものです。

医師が治療方針や治療方法についての詳細とすべての選択肢を説明し、当事者がそのすべてを充分に理解した上で、さらには納得がいくまで質問を繰り返し説明を求めた上で、当事者本人が治療の方法や方針を選択します。医師が提示するのは治療の方法と今後採ることができる手段の幾つかであって、身体的治療を行なうか否か、行なうならどの治療をどれだけ行なうのか、最終的に決めるのは当事者本人なのです。

その方針や方法を自分で決定できないのなら、身体的治療に進むべきではありませんし、進むことができません。また、充分な情報量と納得が得られる説明を受けた上で、当事者本人が「今後の治療を受けない」、「自分にはこの治療は必要ない」という判断をすることも勿論可能ですし、その場合は治療は中断もしくは終了されます。

性同一性障害の治療の条件 (6)身体的治療を行なうための条件

実際に身体的治療を行うことができる段階に進んだとしても、当事者が何らかの病気を抱えていて、そのために治療を行うことができない場合もあります。

たとえば、既に糖尿病に罹患していると、性別適合手術を受けることはかなり難しくなります。高血糖が続くと免疫力が落ちて抵抗力が弱まり、感染症のリスクが高まります。また、切開した傷が治癒しづらいため化膿しやすく、そのため他の病気に罹患する危険もあります。多くの場合は手術以外の治療方法が選択され、病院によっては手術できませんと言われることもあります。心臓疾患や高血圧症なども手術の障碍となります。

切らない治療であるホルモン剤の投与も、もともと性ホルモンの分泌異常がある人や、甲状腺に障碍がある人などはできない場合があります。筆者の知人には膠原病のためホルモン治療が受けられず、とても口惜しがっていた性同一性障害当事者がいました。

また、あまりひどい精神疾患がある場合は手術は受けづらいです。これについては筆者の体験を別稿でお話ししようと予定しています。

性別適合手術に限ったことではありませんが、心身健康で体力がないと手術を受けるのは難しいです。まったく健康な人は手術を受けることがないのでしょうけれど。

性同一性障害の治療 6 身体領域の治療

身体に対する治療です。性ホルモン剤の投与は主に注射や投薬によります。投薬は内服薬の場合やパッチ剤の場合があります。
下記の(2)以降は外科的手術です。当然ながら、男性型の身体→女性型の身体の手術(MTFの手術)と女性型の身体→男性型の身体の手術(FTMの手術)では、手順と内容が異なります。

(1) 性ホルモン剤の投与
(2) 乳房切除術(FTM)
(3) 内性器摘出術
(4) 陰茎切除術と造腟術及び外陰部形成術(MTF)
尿道延長術と膣閉鎖術及び陰茎形成準備術(FTM)
(5) 陰茎形成術(FTM)

「MTF」とはMale To Femaleの略語で男性型の身体を女性型に変えたい、女性としての自認を持つ人たちです。女性の自認を持ちますので、周囲の人もこの人たちを女性と認識するべきです。
「FTM」とはFemake To Maleの略語で、MTFとは逆に女性型の身体を男性型に変えたい、男性としての自認を持つ人たちです。筆者もFTMと分類されます。男性の自認を持ちますので、男性として扱うべき人たちです。
何れも何故か身体の性を中心に考えられた言葉です。最近ではMTFを「トランス女性」、FTMを「トランス男性」と呼ぶ潮流ができています。何れ近いうちにMTFやFTMといった言葉は使われなくなるでしょう。

性同一性障害の身体の治療は倫理委員会を経てから

上記の治療の各段階に進む前に、病院では都度、倫理委員会で会議が開かれ、行なっていい手術か否かが検討されます。検討するに当たっては次のようなことが確認されます。

(1) 性別適合手術を担当する医師の性同一性障害についての智識や技術が充分か。
(2) 性別適合手術を担当する医師の手術する分野についての智識や技術が充分かど。
(3) 5)精神領域の治療の項で述べた6つの条件がすべて揃っているか。
(4) 家族やパートナー(だいたいは夫や妻や彼氏、彼女のことですが、カップルは男女の組み合わせとは限りませんから、パートナーと呼びます。性的少数者の間では常識となっています)への説明がきちんと行われたか。
(5) 性ホルモン剤の投与については当事者の年令が18歳に達しているか。18歳以上でも未成年の場合は親権者など法定代理人の同意があるか(親権者が2人いる場合は双方の同意が必要)。
性別適合手術については20歳以上であるか。
(6) 内性器摘出術以降の手術に関しては、実生活経験(RLE)を1年以上続けているか。
(7) 性別適合手術を受けるために充分な休暇を確保できているか(仕事や学校を休むことができるか)。
(8) 精神的・経済的にサポートする者が存在するか。それが何らかの条件で得られていない場合は、当事者本人が精神的・経済的に自立できていて、かつ安定しているか。

これ等のことを含めた治療についての諸々が病院で話し合われ、その結果、当該当事者に対して性別適合手術を行なってよいと判断されて、ようやく手術を受けることになります。
各手術の内容や実際に受けての経験談などは別稿に譲ります。

性同一性障害の治療の方式――段階とアラカルト

これまでお読み頂いたように、性同一性障害の治療には細かな段階があります。治療のガイドライン第3版までは、この段階を順番に進めていく治療が行われていました。精神科での診断が済んだら次は性ホルモン剤の投与を検討、性ホルモン剤の投与がはじまったら次はFTMなら乳房切除術、その次は内性器摘出術、という風に階段を昇っていくように順序よく進めていく段階方式です。

第4版からはアラカルト、つまり治療を受ける当事者自身が治療の内容や順番を自由に択んで進める方式に変わりました。手術については或る程度順番に進める必要はありますが、FTMの治療を例に取ると、一番最初に内性器摘出術を受けて、次に性ホルモン剤の投与をはじめて、それから尿道延長術以降の手術を受ける、という方法も採れますし、或るいは、自分は性ホルモン投与は要らないからしないけど乳房切除術は絶対必要、手術はそれだけでいい、という選択もできます。手術は一切せずにホルモン投与だけ、という人もいます。

このように第4版に則って治療が行われる現在は、自分に必要な治療、そうでない治療を取捨選択して、自分が望む順番で受けることができます。これによって治療を受ける者のQOL(Quality Of Life:人生の質)をより高めることが可能となりました。

性同一性障害の治療はジェンダー・クリニックで

これ等の診断・治療は一つの総合病院で行われることが望ましいですが、そうでない場合も考えられます。ここまでお読みくださった方は既にお気づきのことと思いますが、性同一性障害の治療は単科で行なえるものではありません。精神科だけではなく、泌尿器科や婦人科、内分泌科、形成外科などから、性同一性障害とそれぞれの専門分野について充分な智識と技術を持った医師が集まって医療チームをつくらなくてはなりません。この性同一性障害の治療のための医療チームを「ジェンダー・クリニック」と言います。

ジェンダー・クリニックはそのなりたちから大きな総合病院でなければ設置しづらいこともあり、国内には札幌、岡山、福岡、長崎など数箇所に指折り数えられるほどしかありません。設置できる総合病院がない地域では個人医がそれぞれに性同一性障害を学び、自分の専門科が性同一性障害の治療の中でどのような位置づけにあって自分がどのようなことができるのかを熟知した上で、別々の診療科の病院同士が寄り集まってジェンダー・クリニックを形成する必要があります。このジェンダー・クリニックのあり方もGID学会(後述)で推奨されてはいますが、実現されている例はこれも指を折って数えられる程度です。

性同一性障害は治療を受けたくても国内に受けられる場がほとんどないのです。そのため、海外に治療の場を求める当事者も決して少なくはありません。筆者自身も、診断は国内で受けたものの、外科的治療は海外で行ないました。
海外で治療を受けるということは国内での治療のガイドラインから外れることになりますが、「性同一性障害に関する治療のガイドライン」は飽くまで医師に対する治療の指針であって、治療を受ける者に厳に強いるものではないのです。当事者がガイドラインを守らなければその後の治療を受けられないといった懲罰的な対応を医師に強要するものでもありません。

とは言え、国内で治療を受けるのであればガイドラインをできるだけ遵守した方がいいということは言うまでもありません。ガイドラインを大きく外れた治療は、生命取りとなり得ます。死に至らないまでも、その後の人生を大きく左右することにもなりましょうから、その点は治療を受ける当事者自身が注意せねばなりません。

難しい性同一性障害の治療とそれでも治療を受ける理由

当事者は治療を受けるためにジェンダー・クリニックを探すところからはじめねばなりませんが、それが先ず大変な作業です。情報が少なく、治療を行っている数少ない病院を見つけるのが困難です。ジェンダー・クリニックを標榜しながら専門的な知識がない、或るいはいい加減な治療をする医師も時折見つかります。インターネットで多くの情報を得られる時代ですが、数多の情報から正しい情報を選り分けねばなりません。

正しい情報によって治療できる病院を見つけられたら通うことになりますが、これもまた大変です。数少ないジェンダー・クリニックは大抵の人の近隣にはないのですから、電車に揺られて長距離を移動せねばなりません。時間がかかりますから学校や仕事を休む必要も出てきます。移動費も出先での食費も馬鹿になりませんし、精神科以外の治療には保険が適用されませんので、治療費自体も怖ろしいほど高額になります。治療内容以上に、治療を受けることそれ自体が難しいのです。

性同一性障害は治療しなくてもそれによって死ぬことはありません。しかし死ぬほど、いえ、死ぬより苦しい人生を送ることになります。それ故、どれほど高額を支払うことになっても当事者は治療を受けようとするのです。性別違和があるということは、それほどの苦痛なのです。

次回からは治療の実際の話

さて、本稿では「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」とそれに沿った治療について、だいたいの流れをお話ししました。次回からは実際に筆者が受けた治療について、少しずつお話ししていきたいと考えております。次回以降もお読み頂ければさいわいです。

参考

性同一性障害に関する治療のガイドライン(日本神経学会)
国内においての性同一性障害の治療に関する歴史(ブルーボーイ事件〔昭和40年/1965年〕以降)についても、簡単にではありますが前文に書かれています。

GID学会
1999年3月「GID研究会」として設立。のちに「GID学会」と改称。性同一性障害治療の専門科としての「認定医」の養成もしています。「GID」とはGender Identity Disorderの略で、性同一性障害のことです。
毎年、3月の土日の何れかに、性同一性障害について専門医や研究者が研究データや成果を持ち寄って発表し、さらには親睦を深めるGID学会研究大会が開かれます。開催場所は持ちまわりで、その年によって違います。研究者には一般の当事者なども含まれていて、会費・参加費を支払えば誰でも出席できます。
研究大会1日めの夜には学会と同じ都市で「トランスジェンダー全国交流会」が開かれ、日本各地のトランスジェンダーや性同一性障害当事者の研究者や活動家が一堂に会します。

(執筆 衛澤創(えざわそう))

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衛澤創(えざわそう) by
精神障碍者で虐待サバイバーで性同一性障碍でゲイというクワドラブルマイノリティ。
うつ病・パニック障碍・睡眠障碍・摂食障碍・社会不安障害を併発して精神障碍者3級。
ものごころついた頃から27歳で実家を出るまでほぼ日常的に実父の暴力に晒され、実家を出てからは15年かかって性別適合手術をすべて済ませた。
中5年はうつ病が重篤な状態になり、つごうまる1年と少しの入院を含む何もできなかった期間。もう大変。
現在は病状も落ち着き、ライター兼作家として地味に活動中。
主な仕事:
ホンシェルジュ「衛澤創の本棚」
DIVERSITY STUDIES「SOU!ルーム~衛澤さんのちょっとええやん~」
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