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四肢麻痺障害で車椅子の母である私 自立と子育てについて

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子育て

四肢麻痺の私がシングルマザーとして息子と生活してちょうど十年、十歳とあどけなかった息子ももうすぐ二十歳、今、振り返ってみて。

四肢麻痺の私が自立した理由(わけ)

脳梗塞後遺症などで四肢麻痺、車椅子生活となって二年後、夫と離婚することになり、実家のある千葉市の県営住宅の車椅子用の一室に応募しました。両親は、元気でしたが、親に頼って実家で暮らすという選択肢はありませんでした。確かに実家で両親の庇護のもと、生活したら何の心配もいらず、楽でしょう。でも、親はいつまでも元気でいるとは、限らないのです。親は親の生活があります。

結局、その住宅は落選、以後、実家からも私の通院先へも割りと近くて車椅子でも生活出来る公営住宅へ応募し続けました。

私の実家は、築40年程の木造住宅で道路から門を経て玄関までには、幾つかの大きな段差があります。玄関の土間から上がりがまちも十数センチの段差、室内も直進で車椅子がやっと通れる程、和室に入るには数センチの段差、ドアも車椅子では、開閉しにくい開き戸、室内も自由に動ける程、広くはありません。今でこそ、バリアフリーと叫ばれて久しいですがその当時の住宅は、車椅子で生活するには、バリアフルでした。まだ、私も今より動けていましたので外へ出たい! と障害者福祉センターや公民館の陶芸サークルに通い出した頃でした。

でも、一人で段差を越えて外で出ることは出来なかったので、両親のどちらかが在宅している時に限られました。自由に出掛けたい時に外へ出たいという思いが強くありました。息子と私も同じ部屋を使っていたので、息子も自分の部屋を持ちたいと思っていたでしょう。

四肢麻痺の私が自立と息子へ伝えたかったこと

実家での生活が一年になろうとする頃、ようやく、実家からバスで20分位、通院先にも程近い、市営住宅に当選し、引っ越すことになりました。そこは、車椅子専用ではありませんでしたが、割と最近の住宅なので室内は、全く段差がなく、襖を取り払い、トイレの開き戸をカーテに変更すれば、車椅子でも自由に動き回れそうでした。すぐ前は、バス停、はす向かいにスーパー、郵便局、少し行くとドラッグストアや銀行があり、生活に便利そうでした。


引っ越し後は、ヘルパーさんに入って頂き、調理、掃除、入浴介助等をお願いしましたが、息子が中学生になると、ヘルパーさんは、お母さんに入っているのでお母さんのことしか出来ないこと、休みの日の食事の準備や片づけ、部屋の掃除は、自分でやるよう教えて来ました。朝のゴミ出しも息子の担当です。息子は、息子の生活もあるので私の介護にどっぷり浸かって欲しくはありませんでしたが、私が出来ないところは、手伝ってもらい、自分の身の周りのことは自分でやり、自立して行けるように仕向けて来ました。私は身体が不自由で親は私しかいないので早くに自立して欲しいと思ったからです。

私は、障害者福祉センターでアーチェリーやバドミントンをしていましたが、息子が小学生の頃は、よく一緒に連れて行きました。それは、世の中には、車椅子の人だけでなく、耳の不自由な人も杖をついている人も知的障害がある人も色々な障害がある人達がいるけれど、皆、健常な人と何ら変わりはないということ、困っていたら手を貸してあげて欲しいと実際に息子自身が接して伝えたかったからです。

終わりに~私達は今

この秋で息子と二人暮らしを始めて十年目になります。私は、身体の状態が変わり、自由に外へ出掛けることは出来なくなり、ヘルパーさんが来られる以外は、ベッドでの生活になりました。身体の自由が利かなくても息子の母に変わりはないし、その都度、自分に出来ることはしてきたつもりですし、他のお母さん方と同じように息子に愛情を注ぎ、時には衝突もして来ました。息子は、芯では私のことを気に掛けながらも自分の生活を大事にしています。それでいいと思っています。息子には、息子の人生がありますから。

(執筆 佐藤清佳(さとうさやか))

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佐藤清佳(さとうさやか) by

膠原病、脳梗塞後遺症、線維筋痛症などの病を抱え、福祉サービスを受けながら息子と自宅で生活、電動車椅子に乗り、経管栄養をしています。
陶芸が生き甲斐となっています。